労使協定
皆様は、労使協定という言葉でどのようなイメージを持たれますか。中には、労働組合との団体交渉の末に労働者の意向を受けて労使協定を締結させられる――などの誤ったイメージをお持ちの方もおられるのではないでしょうか。
労使協定とは、法令に基づき、企業等が事業場の従業員の代表と結ぶ書面による協定のことを指しますが、次の3点が重要な特徴です。
Table of Contents
1 労使協定の内容
第一に、法令上必要とされる労使協定は、基本的に企業等に有利な協定です。例えば、労使協定の具体例としては、次のようなものがあります(具体例の詳細については、後述の「5 労使協定の具体例」をご覧ください)。
① 労働時間の上限を増やすための協定(労働基準法36条)
② 柔軟な労働時間制を実現するための諸協定(同32条の2~5)
③ 労働時間の把握が困難なケースのための諸協定(同38条の2~4)
④ 賃金からの控除を実現するための協定(同24条1項但書)
⑤ 年次有給休暇の柔軟な付与を実現するための諸協定(同37条3項、同39条4項、同39条6~7項)
このように、法令上用意されている労使協定は、労働時間を増やしたり、賃金や休暇の付与方法を柔軟にするなど、企業等に有利な内容となっています。
そして、企業等は、労使協定によって、様々な制度の導入が「可能となります」が、導入が義務付けられるものではありません。そのため、労使協定の締結は、企業等にとってメリットだと思います。
2 労使協定の代替困難性
第二に、上記具体例のように労使協定によって実現可能な諸制度は、労使協定以外の方法によっては実現することができません。このような特徴にも注意が必要です。
例えば、企業等の雇用契約書の中には、賃金からの相殺などが規定されているものも見受けられますが、そのような条項は無効となります。皆様も、雇用契約書の雛形や就業規則等を見直して、労使協定もないままで上記具体例のような定めが記載されていないかを一度確認されると良いでしょう。
3 届出の要否
最後に、第3の特徴として、上記具体例のいくつかの制度については、単に労使協定を締結するだけでなく、行政官庁への届出も必要とされます。
中でも、36協定などの一部の労使協定については、毎年の届出が必要とされていますので、ご注意ください。
4 労使協定の具体例
(1) 労働時間の上限を増やすための協定(36協定)
労働時間の上限は、休憩時間を除いて、1日に8時間、1週間に40時間とされています(労働基準法32条)。しかし、企業等は、労使協定を締結することで、一定の範囲(通常の労働者であれば、1週間で15時間、1か月で45時間、1年で360時間)まで労働時間を増やすことができます(同36条)。
この労使協定は、労働基準法36で定められているため、36(サブロク)協定と言われており、もっとも有名な労使協定だと思います。
(2) 柔軟な労働時間制を実現するための諸協定
上記のとおり、労働時間の上限は「1週間で○時間」と定型的に定められていますが、企業等によって、より柔軟な労働時間制を採用したい場合もあるかと思います。
そのような場合は、労使協定を締結することで、変形労働時間制の導入(同32条の2、同32条の4~5)、フレックスタイム制の導入(同32条の3)などが可能となります。
(3) 労働時間の把握が困難なケースのための諸協定
さらに、労働者の中には、外回りの営業職など労働時間の把握自体が困難なケースや、専門職や企画業務など仕事量が労働者の裁量に委ねられるケースもあります。
そのようなケースに対しては、労使協定を締結することで、事業場外労働についてみなし労働時間制の導入(同38条の2)、裁量労働みなし労働時間制の導入(同38条の3~4)などが可能となり、労働者の実働時間に左右されず、定型的に賃金を計算することが可能となります。
(4) 賃金からの控除を実現するための協定
労働基準法上、労働者に対する賃金は、全額を支払わなければならないものとされています(同24条1項本文)。そのため、企業等が、労働者に対する賃金から会社負担の諸経費等を控除するは禁じられています。
しかし、労使協定を締結することで、賃金から一定の金額(財形貯蓄の積立金など)を控除すること(同24条1項但書)が可能となります。
(5) 年次有給休暇の柔軟な付与を実現するための諸協定
さらに、年次有給休暇の付与方法についても、労使協定を締結することで、割増賃金の一部に代えて有給の代替休暇を付与することや(同37条3項)、時間単位で分割付与することや(同39条4項)、計画年休制度を導入することや(同39条6項)、年休日の賃金を標準報酬月額で支払うなど(同39条7項但書)、柔軟な付与方法が可能となります。
(6) その他の諸協定
この他にも、労使協定を締結することで、企業等が労働者の貯蓄金を管理することや(同18条)、労働者毎に休憩時間を個別に設けること(同34条2項)が可能となります。
最終更新日:2018/09/26
著者プロフィール
奥田貫介 弁護士
おくだ総合法律事務所 所長
司法修習50期 福岡県弁護士会所属
福岡県立修猷館高校卒
京都大学法学部卒