価格交渉の代理は誰ができる?~弁護士法72条の規制について

 

1 はじめに

みなさんこんにちは。弁護士の尾形です。本日は、「価格交渉の代理は誰ができるのか」というテーマでお話ししたいと思います。弁護士法72条という少し特殊な規制についてのお話もありますので、そちらも解説したいと思います。

 

2 価格交渉は誰ができるか

誰かに価格交渉を任せられればと思った場面というのはありますか。例えばですね、家電。家電って結構高いものだと値引き交渉とか聞いたりするんですよね。ああいうのを人に任せたりとか、あと大きな買い物でいうと不動産売買。これも結構値段交渉の余地はありますよね。古かったりとかリフォームが必要であったりとか、そういう時にその値段分ちょっと引いてくれませんかとか、そういう交渉をすることはありますね。他にもちょっと特殊な例ですけども、年収。自分の年望をもう少し上げられないかなと。これを人に任せることができたら結構精神的に楽じゃないかなと思うんですよね。他にも借りている賃料ですよね。家の賃料をもうちょっと安くできないかなとか。

結構値段交渉とか聞いたりとか、そういうのを人に任せることができないかなとか。逆に、人に家を貸しているときに、ちょっと安く貸しすぎたな、これをもう少し高くできないかな、そういうときに人に任せることができたら楽ですよね。

あとは、交通事故に遭いましたと、こういうときに相手方にどれくらい払ってもらえるのかというのは交渉ともなんですけれども、これも人に任せられたら楽ですよね。こういうときに価格交渉というのが発生するわけですよね。ただ、これって無制限に誰にも頼めるものではないんです。

 

 

3 法的交渉は弁護士に

というのも、法的交渉というのは基本的に弁護士しかできないという規制があります。これ、条文ですと、弁護士法72条というものがあります。これ結構長い条文なんですけれども、すごく大雑把にまとめると、抽出するとこんな感じのことが書いてあるんですよね。弁護士でないものは、報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を遂行する。価格交渉で言うと、価格交渉が報酬を得る目的で法律事件に関する法律事務について業として行われる場合には原則として弁護士しか行えない。法律はこうなっているわけですね。「報酬を得る目的で」はわかりやすいんですよね。お金を取って何かすると。「業として行われる」というのは、事業として行うみたいな意味なんですけども、もう少し噛み砕いて言うと、反復継続して何回もそれをやっていこうと。事業として立ち行かせる必要まではないんですけども、そういうことを何度もやると。例えば不動産売買とかの価格交渉を何度もしましょうという意思でやるとか、そういうことですね。

 

 

そうすると、法律事件に関する法律事務っていうのが何なのかっていうのがよくわからないということになるんですけども、これ一応定義が裁判例などで出されていまして、法律事件というのは法律上の権利義務に関し、争いは疑義があり、または新たな権利義務関係の発生する案件。これでもよくわからないですよね、正直。法律上の権利義務に関して争いは疑義があり、なんとなく法律上で争いがあるとかそういう意味なんだろうなと。権利義務関係の発生というのは、例えば、契約書とか作ったりとか、そういう時にこの法律事件ということになりそうだと。典型的なのは何かいろいろですね、契約事項をまとめようと。相手方と交渉して、ちゃんと契約書を作ると。値段もそうですし、契約の条件、さまざまな値段以外の部分にもついて交渉して、作った契約書とか。そういうのはやっぱり弁護士しか作れませんよねっていうための規制なんですよね、これ。

これをもとに、法律事件、弁護士以外に頼めない典型例というのが何なのかというと、賃料の税を減額。これはよく言われる弁護士しかできないものですね。例えば、貸している家についてもう少し値段を上げてほしいというときには、基本的には業者に頼むというよりは、弁護士に頼むというのが一般的です。そして交通事故にあった際の示談交渉。交通事故にあった際の示談交渉も価格交渉です。

いろんな項目があるんですよね。慰謝料とか、休業損害とか、交通費とか、いろんな費目があるんですけれども、これってすごい知識がいることなんですよね。慰謝料の相場感がどうなのかとか、この事故だとこれぐらいのものがもらえるというのは、かなり厳密な基準みたいなものがあって、それに習熟していないとこの示談交渉というのは失敗というか、よくできない。だから基本的には弁護士しかできないというふうにはなっているんです。一応保険会社の人もそれができる。ということにはなっていますけれども、これ保険会社の人が精通してやっているからというのと、あとは弁護士会と協定を組んで、そういうことをしてもいいということにしたから、ある意味弁護士が許したからその部分については保険会社もできると、そういうことになったわけですね。そして相手方が法的な理由で増減額を拒否している場合、価格交渉をしようと思っているんだけれども、その理由については結構法的なものが含まれている。例えばこの家、この部分がもう壊れているから賃料を安くしてほしいとか、そういう法的な部分が関わる場合にはやっぱりこれも弁護士が関わるべきでしょうということになっています。

 

4 弁護士以外に頼める交渉

では、逆に弁護士以外に頼めるかもしれないというのはどういうものかというと、例えばですね、家電の価格交渉、この辺りはもしかしたらいいのかもという気はします。というのはですね、例えば中古のものはわかりませんけれども、少なくとも新品の家電とかですね、あの辺りを安くしてもらおうという時には、製品のこの部分が壊れているからこれぐらい安くしてくれる。こういう交渉はしないわけですよね。

他の店と比べてどれぐらい安くなるかとかそういう相場感みたいなもので交渉するわけですけども、これぐらいだったらもしかしたら弁護士以外の人でも、頼んでもいいのかもしれません。

また不動産の価格交渉、これについて私としては結構微妙なところはあるとは思っています。実際には不動産の仲介業者というのがいて、この不動産仲介業者は代理をしているわけではないんですけども、一応売り主と買い主との契約がうまく成立するように仲立ちをするみたいなことをしてるんですね。不動産仲介業者って。これ一応買い主と売り主の代理をしているというわけでは実はないですけども、実態的には買い主と売り主の一方にある意味ついてというか、双方について、値段交渉みたいなことを買い主と売り主間で仲立ちをしてやっている。

ちょっとこの不動産交渉、価格交渉に近いことをしているのではないかなと思っていますし、実態としてもそれが悪というか、それが何か規制されているというわけではないと思います。これについては弁護士業というよりも、宅建業でいろんな規制があるので、そういうこともしてもいいでしょうと。価格交渉みたいなことが実質的になされていても、それで弁護士法に違反だとされることがあまりないというのは、そういう事情があると思います。宅建業の厳しい規制があるからですね。なので、生身でというか、業者がやるのであればまだわかるんですけれども、例えば一般の人がやってきて、不動産の交渉は代わりにしますよと、値段交渉は代わりにしますよと、許されるかというと、結構微妙なところではあるんですけれども、じゃあ、それで規制されるまでかというと、これも微妙。

だからこれはどっちかなという気はしますけれども、個人的には不動産、特にこの物件のこの部分が悪いからこれぐらい安くしてくれっていうような、法的交渉を含むものになるのでちょっとそこまで行くとやっぱり 弁護士しかできないんじゃないかなとは思いますけどね。

 

5 年棒交渉と公正取引委員会の警告

他にはちょっとこれも微妙ですが、年収。年収を決めるときはもちろん労働条件がいろいろ定められるわけですけれども労働条件は変わりはないですと全部一緒です。この場合に値段だけ交渉しましょうとこれが許されるのかというとちょっと正直微妙なんですけども、この後ちょっと説明する事例を考えると もしかしたらこういうことを許される場面、年収の交渉だけをすることが許される場面があるのかもしれないなぁと、ちょっと思っています。

 

 

じゃあ年収の交渉が許されるかもしれないというのは何故なのかというと、最近日本プロフェッショナル野球組織という団体があって、そこが、公正取引委員会という、競争を害する行為があった時には警告を出すという組織があるんですが、そこから警告をされるという事件がありました。どういう警告がされたかというと、まず公正取引委員会はこう言いました。プロ野球組織は、球団に対して選手契約交渉の選手代理人とするものについて、弁護士法の規定による弁護士とした上で、各球団に所属する選手がすでに他の選手の選手代理人となっているのを専任することを認めないようにさせていた。

これについて警告したということなんですけれども、これ何なのかというと、プロ野球選手は年棒とかの交渉をするわけですけれども、球団。その時に代理人としては実は弁護士「しか」ついちゃいけないよというふうになっていた。そしてもう一つ、弁護士と選手を一対一対応にしてくれと、一人の弁護士がある選手についたらその弁護士は他の選手にはつけないようにされていた、ということですね。まあこの話だけ聞いてパッと私は思ったのはこの2番目ですね。

すでに他の選手の選手代理人となっている弁護士は他の人につけないこれはちょっと確かにおかしいなと思うんです 一対一対応にする必要ないですからね。弁護士って依頼をいろんな依頼人から受けている訳です。例えば何でしょうね。離婚事件とかを一方から受けて他の離婚事件を受けちゃいけないみたいなことになったら、それってやっぱりおかしいんですよね この弁護士一人につき一つの離婚事件しかできないとか、そんなことがあったらおかしいですよねっていうことで。

同じような理屈で、その野球選手についても一人ついたからといって、他の選手にはつけないってなるとそれは確かにおかしいと思うんです。ただ、弁護士しか代理人になれないってところも、どうも公正取引委員会はダメですといったようなんですよね。で、なんでそう言えるのかというと、公正取引委員会がこういう図を出しています。

 

 

警告が公表されたときに同時に出された図なんですけれども、この図どういうことを説明しているかというと、これがまず、1人の選手に対して1人の代理人、弁護士しかつけないというところですね。 1人の弁護士がある選手についたらもう他の選手はもうその代理人に頼めない。その弁護士がどんな有能であろうと、有名な人であろうと、1人ついたら他の選手はその弁護士に頼むことができない。これがさっきの②の部分なんですけど、①の、弁護士しか頼むことができないという部分はここですね。

 

6 公正取引委員会の警告への疑問

この代理人β、弁護士以外のものを代理人として選任したいのに、これができない、これがおかしいというふうに公正取引委員会は言っているんですけれども、結構弁護士的には驚きで、なんでかというと、こういう契約交渉、特に労働契約というわけではないですけれども、こういう、ある意味野球選手の働く条件、活躍する条件みたいなものを定めた契約書があって、こういうふうに働きますよと、活動しますよと、年収はこれぐらいですよというふうな契約を結ぶときって、絶対かなり様々な交渉があるはずで、価格交渉だけじゃないはずなんですね、これって。価格交渉をするのは、それだけは、弁護士、弁護士以外の人に任せてもいいとかいう話じゃなくて、代理人としてつく、価格交渉以外の部分に関しても、弁護士がやってもいいかのように書かれている。これは弁護士的には驚きの部分ではあるんです。

なのでこれそもそも正しいのか、この公正取引委員会が今回出した計画が正しいのかというと、そこにちょっと正直疑問はあるんですよね。例えば、野球選手がですね、まだ未成年で、交渉するのが適さない、若すぎてやっぱりお父さんとか親族の人がやる、こういう場合まだわかるんですけれども、最近ですと野球以外の、例えばバスケとかサッカーとか、そういうところですとね、代理人として実際弁護士以外のものがついている場合があるらしいんです。それはもう会社、そういうマネジメント会社みたいなところがここについて代理をしますと、交渉の代理をしますというふうなことをしているらしく、それ自体も結構驚きではあったんですけれども、多分公正取引委員会はそういう、サッカーとかバスケとか他の業界ではそういう、弁護士以外の人が交渉しているのに、なんで野球だけは弁護士だけなんだっていうところを多分問題視しているんだと思うんです。

 

 

ただそもそも、野球選手の年俸を決定する要素って沢山あるはずなんですね。価格だけじゃないと思うんです。その要素については確かにですね、弁護士に詳しい人は沢山いるわけですよ。というか、例えば元プロ野球選手とかの方がそういう要素に詳しいはずですし、ちゃんと判断もできるはず。とはいえ、交渉そのものも弁護士以外の人がしてもいいものかというのはかなり疑問です。

というのはですね、例えば賃料増額交渉とか不動産の価格交渉とかですと、弁護士は不動産鑑定士ですとか、他の専門職の方と組んでやってるんですよね。そういう不動産の分野一つとっても、弁護士より詳しい分野の人って沢山いるはずです。弁護士より不動産業界の人たちよりも、詳しい宅建業の方、これも沢山いらっしゃるはずなんですけども、そういう人々と組んで弁護士は活動しているわけなんですけども、そういう方と組んだとしても最終的な交渉の部分、価格をどうするのか、契約の内容をどうするのかっていうのは、基本的に弁護士は最終的にそういう材料を他の専門の方からもらった上で、じゃあ弁護士は最終的には交渉しますねというふうにやっていくのが筋というか、そういう分野が多いんですけども、なぜこのプロ野球選手の、というかスポーツ選手の年棒についてはなぜかすっぽりですね、この弁護士じゃなくてもいいよみたいな話が出てくるのかっていうのはかなり疑問ではあります。なんというか、公正取引委員会としてはもしかしたらですね、他の業界ではやってるけども、プロ野球選手の業界では事情が違うというところを捉えて、その状況はおかしいと言っているのかもしれない。

私としてはそもそも他の業界がそういうふうに、弁護士以外の人が最終的な交渉を含めてやっているという状況がちょっとおかしいんじゃないかなと正直思っています。

 

 

7 今回のお話のまとめ

ちょっと長くなったんですが、本日のまとめ。価格交渉というのは誰にでも任せられるものではありません。法的交渉が含まれれば基本的には弁護士しかできないというものです。

一定の価格交渉は弁護士しかできないし、価格交渉以外の側面がいろいろ出てくると、これまたやっぱり弁護士しかできないという話になります。弁護士にしか任せられないというのは微妙な分野というのはあります。今回のプロ野球選手の部分に関しても、正直裁判所がそれをしちゃいけないという話をしているわけでもないので、実は決まっている部分ではないんです。弁護士の身からするとそれは弁護士しかできない。そういう部分というのは多くあった方がいいと思っているわけで、なんというか、そう言ってしまう部分もあるんですけれども、とはいえこれからもスポーツ選手というのは当然増えていくわけですし、その部分の交渉を一般の方がやってもいいのか、それに任せてもいいのかというとかなり疑問ではあります。というわけで、最終的にその分野が弁護士しかできないのかどうかというのは裁判所が決める部分なんですけれども、そこまで訴訟してまで争うということは実態的にはそんなに多くはなくて、なのでどうしてもできるんだろうとか、大丈夫だろうというふうに動いて活動する会社とか個人がいたりして、ちょっとそこは悩ましい部分ではあります。

結局、価格保証は誰に任せるものでもないし、弁護士しかできないものもあるけれども、実態的には弁護士以外の人がやっているところもあるよねというところなんですけれども、誰かに、その価格交渉をですね、任せようと思った時には、もしかしたら弁護士にしか任せられない分野なんではないかなということをちょっと念頭に置いてくれると嬉しいですと、そういう話でした。

今日のお話は以上となります。ご覧いただきありがとうございました。

著者プロフィール


尾形達彦 弁護士

おくだ総合法律事務所
埼玉県私立西武学園文理高等学校卒
早稲田大学法学部卒
早稲田大学法科大学院修了
福岡県弁護士会所属