医師・歯科医師の応召義務について
こんにちは弁護士の奥田です。
今日は医師・歯科医師の『応召義務』について、「令和元年に示された新しい考え方を踏まえたクレーマー的患者さんへの対応」のお話をしてみたいと思います。
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医師・歯科医師の応召義務とは
医師・歯科医師の応召義務というのは、医師法19条・歯科医師法19条に規定されている義務です。「診療に従事する医師は診察・治療の求めがあった場合には正当な事由がなければこれを拒んではならない」とされています。歯科医師法19条も同じような条文です。要は患者さんを拒んではいけないという義務です。これは医師・歯科医師に特徴的な義務ということになります。
応召義務のかつての解釈
この応召義務については、かつて厚生省(現在の厚生労働省)は非常にこれを厳しく解釈していました。
例えば昭和24年に出された厚生省のこの通知では、「医業報酬が不払いであっても、直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。」とされていました。
あるいは、「診療時間を制限している場合であっても、これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない。」とされていました。
それから昭和30年の通知によると、『「正当な事由」のある場合』つまり先ほどの条文(医師法19条・歯科医師法19条)で「正当な事由のない限りこれを拒んではならない」と書いてありましたから、拒んでも良い「『正当な事由』のある場合とは、医師の不在または病気等により事実上診療が不可能な場合に限られる」という、これも非常に厳しいことが言われていました。
それから、医師法第19条の義務違反(応召義務違反)を行った場合には罰則の適用はないが、医師法第7条の「医師としての品位を損するような行為のあったとき」に当たり、同条の規定により医師免許の取り消しまたは停止を命ずる場合もあり得る。という、これまた非常に厳しい考え方が示されていました。
この部分は今も十分通用する考え方ではあります。しかしながら、この昭和24年・昭和30年の厚生省の通知によれば、非常に厳しい考え方が示されていました。
その後、昭和49年だったと思いますけれども、診療時間に関して一部応召義務を緩和するような考え方が示されたことがあったのですが、いずれにしましても、この昭和24年・30年の通知に示された考え方が根強く残っていたと言えると思います。
応召義務の現在の解釈
ところが現在では、先ほどの昭和20年代・30年代と違って、医療提供体制が大きく変化しました。昔はお医者さんが村に一人しかいないとか、歯医者さんが町に一人しかいないとか、そういったような状況があったと思います。けれども現在では、お医者さんも歯医者さんも全国津々浦々にたくさんおられるということで、応召義務をあまり強調しなくても国民の健康にとってさほど害はないこと、それから医療提供側、特に勤務医の先生の過重労働が問題になってきています。
ですので、かつてのような考え方でなく、新しい考え方が必要であるということで、令和元年に厚生労働省が「応召義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方について」という新しい考え方を示しました。
令和元年通知の基本的な考え方
この令和元年通知の基本的な考え方は、まず最重要の考慮要素として「この患者さんは緊急対応が必要なのかどうか」、それから次に重要な考慮要素として「その医療機関の診療時間内かどうか」、それからもう一つ、ここが画期的だと思うのですが「患者と医師・歯科医師との信頼関係があるのかどうか」。
これは今回示された非常に新しい考え方かと思われます。緊急対応が必要かどうかというのは昔から考慮されていた要素ですが、この”信頼関係があるかどうか”をはっきり言ってくれたというところは、非常に画期的だと思います。
患者と医師・歯科医師との信頼関係
クレーマー的患者に対する対応
特にこれはクレーマー的患者さんに対する対応を、厚生労働省としても考慮に入れて、この”信頼関係”ということを言ってるのかなと思われます。
昨今、患者さんが医療機関のドクターだとか看護師さんだとかその他のスタッフに対して暴言や暴力を振るうといった問題が多発している中で、医療機関側としてもこの医師法19条・歯科医師法19条の応召義務というのが壁になり、なかなかそのクレーマー的な患者さんを断ることができない、ということが問題になっていました。
しかしながら今回、この令和元年に示された新しい考え方によれば、急施を要しない患者さん、つまり緊急対応が必要でない患者さんで、信頼関係がない場合、診療と関係ないところでがんがんクレームを言ってきて看護師さんを泣かせたりするような方に対しては、診療を断っても応召義務違反ではない可能性が高いですよ、と言っているわけです。これは非常に、今後、医療機関側としてもクレーマー的な患者さんに対する対応がやりやすくなったのかなと思います。
応召義務「違反」とされた場合のペナルティ
クレーマー的な患者さんを断る際に、仮にこの応召義務違反とされた場合のペナルティは何か、ということも一応頭に入れた上で対応するのが良いと思われます。
まずペナルティとして考えられるのは、
①医師法・歯科医師法7条の行政処分
行政処分とは、具体的には「戒告・医業停止・免許取消」です。
これは先ほどの、昔の厚生省の通知の中でも言われていたところですが、一応こういったペナルティがあり得ますよ、となっています。
しかし私の知る限り、単に応召義務違反で戒告・医業停止・免許取消といった行政処分が科されるといった例は、ほぼないと思われます。ですから、この行政処分というのも、よほど極端な場合でない限りはそこまでリスクとして重視する必要はないと思われます。
②民事の損害賠償義務
それから、「民事の損害賠償義務」です。断ったことによってその患者さんに何か損害が生じた場合に、民事で損害賠償の義務を負う場合があり得ます。
一応、この応召義務というのは、医師・歯科医師が負う公法上の義務で、民事上の義務ではないとされてはいますが、実際の裁判の場面では、民事上の過失判断の時に、応召義務違反じゃないかということも考慮されますので、その意味でこの「民事の損害賠償義務」を負う可能性を否定はできません。
しかし、特に緊急対応を必要としないような患者さんの場合には、損害といっても大したことはないことが多いと思われますので、この部分についても特にリスクとして過大評価する必要はないのかなと思います。
③刑事の業務上過失致死傷罪
それから3番目の「刑事の業務上過失致死傷罪」というのも、一応はこれも理論上は考えられますが、こういった罪に問われるケースも極めてレアケースと思われますので、特にクレーマー的患者さんを断る際にはそこまで重視しなくてもいいのかなと思います。
もちろん緊急対応を要する場合は別ですが、そうではない場合には、①医師法・歯科医師法7条の行政処分、②民事の損害賠償義務、③刑事の業務上過失致死傷罪、というのは、リスクとして考える現実的必要性はないかと思います。
こういった新しい考え方が厚生労働省から示されましたので、クレーマー的患者さんへの対応はこれまでよりもずっとやりやすくなりました。
クレーマー的患者さんに応対していると、まずスタッフが疲弊する、それからもちろんドクターも疲弊する。そうなってくると、病院・診療所というのは、他の患者さんの生命・健康を預かっているわけですから、他の患者さんに対する医療提供がおろそかになってしまって、他の患者さんの生命・身体に危険が生じるということもあり得る話です。
ですので、今回示された新しい厚生労働省の考え方にのっとって、クレーマー的患者さんに対しては毅然とした対応をとることが望まれると思います。
また、こういった判断が難しいような場合には、弁護士に相談をして適切に対応していただき、その他の患者さんへの医療提供を万全にしていただくことが大切かと思います。
著者プロフィール
奥田貫介 弁護士
おくだ総合法律事務所 所長
司法修習50期 福岡県弁護士会所属
福岡県立修猷館高校卒
京都大学法学部卒