1 はじめに

近年、電通従業員の過労自殺事件や、労働時間の上限規制(月に100時間)などで「労働時間」という言葉が注目を集めています。そこで、今回は、「労働時間」に関する基本的知識をご説明したいと思います。

 

2 労働時間とは

労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。言い換えると「好きなことができない時間」のことです。これは、よく誤解されますが、従業員が積極的に仕事をする時間(例えば、業務上車を運転したり、取引先と話をしたり、PCを操作したりする時間)でなくとも、上司の指示を待っている時間や、手持ち無沙汰でぼーっとしている時間も労働時間に含まれます。

そのため、労働時間とそうでない時間の区別は意外と曖昧になってきます。例えば、昼休みであっても、従業員が急な来客や電話への対応をしている場合には、昼休みも労働時間に含まれてしまいます。
その場合、企業等には、昼休み時間(昼食を食べている時間も含めて)の賃金が未払だとして後に請求されるなどの危険があります。

 

3 労働時間の上限について

労働時間の上限は、休憩時間を除いて、1日に8時間、1週間に40時間とされています。ただし、企業等は、従業員側との間で時間外労働に関する協定(36協定と言われています)を締結し、労基署に届け出ることで、一定の範囲(通常の労働者であれば、1週間で15時間、1か月で45時間、1年で360時間)まで労働時間を増やすことができます。ちなみに、36協定の届出は1年毎に必要となりますので、ご注意ください。

このように、労働時間の上限は、原則として1週間に40時間とされ、36協定を締結した場合でも1週間に15時間、1か月に45時間までしか増やす(残業を課す)ことができません。これではとても、繁忙期等に業務が回らない企業もあることでしょう。このような事態に備えて、企業等は、36協定に特別条項(①特別の事情及び回数、②限度時間を超えて労働させる場合の手続、③特別の事情による延長時間、④延長時間に対する割増賃金率)を追記することで、繁忙期等の特別の事情があるときに限り、労働時間をさらに延長することができます。
冒頭で触れた労働時間の上限規制(月に100時間)は、このような特別の事情がある場合であっても、労働時間に限界を設けようという法改正であって、特別条項付の36協定を締結している(締結する予定のある)企業にとっては関心が大きな問題です。

以上、労働時間の概念と基本的な法規制をご説明致しました。企業等の皆様も、36協定等の手続を適切にとられているかをご確認されてはいかがでしょうか。
ただし、36協定があっても、企業等は、法定の労働時間(1日8時間、1週間に40時間)を超えた労働に対して割増賃金(残業代)を支払う必要があります。

続いて、割増賃金(残業代)の過大な請求等に備えて、労働時間の管理方法についてご説明します。

 

4 割増賃金(残業代)

上記のとおり、企業等は、法定の労働時間を超えて従業員を労働させてはならず、また、この時間を超えた労働に対しては割増賃金(残業代)を支払う義務を負います。
ところが、いざ、従業員から割増賃金(残業代)を請求された際、企業等にとって、本当にその従業員が残業していたのかどうかが分からないケースが多々あります。その従業員が一人で事業場に残っていたか分かりませんし、事業場に残っていたとしても本当に仕事をしていたのか分かりません。会社のPCで遊んでいたのかもしれませんし、携帯電話でおしゃべりをしていたのかもしれません。このように疑問が絶えない中、割増賃金(残業代)の請求に当たっては、どのような方法で労働時間が認定されているのでしょうか。

 

5 タイムカードが存在する場合

タイムカードが存在する場合には、基本的には、タイムカードに打刻された時間がそのまま労働時間と認定されます。
多くの企業では、タイムカードは出社・退社時間を管理するものとして運用されており、出社直後と退社直前に打刻するように指導されています。しかし、そのような運用では、従業員が出社後にコーヒーで一服している時間や、業務終了後に退社までの間に同僚同士で会話している時間なども労働時間とされてしまうリスクがあります。そのため、タイムカードを運用する場合には、出社・退社の前後ではなく、実際の業務の前後に打刻するように運用を徹底させてください。そうすることで、少なくとも、業務外の労働時間に対する残業代の支払を避けることができますし、従業員の業務量を正確に管理することも可能となります。

 

6 タイムカードが存在しない場合

では、タイムカードが存在しない場合には、労働時間はどのような証拠で認定されるのでしょうか。
その際には、客観的な証拠として、業務上のメール記録、PCのアクセス記録、セキュリティ会社の管理する入退室記録などが提出される場合があります。そのほか客観的証拠を補強するものとして、家族・友人との私的なメール(送迎に関する内容や、終業後の約束など)、日記・手帳などにも一応の価値が認められています。さらに、最近では、Googleのロケーション履歴、残業を記録するスマートフォンアプリなど、思わぬ強力な証拠が提出されることもあります。

 

 

7 まとめ

このように、労働時間の管理方法としては、タイムカードの運用を徹底する方法と、逆に一切の証拠を残さない方法が考えられます。
両極端の方法ですが、私としては、前者をお勧めしております。少なくとも現代社会においては、従業員がスマートフォン等によって職場にいた時間を記録することが容易となっており、職場にいた時間はそのまま残業時間とされてしまうリスクがあります。さらに、一人の従業員からのそのような請求が認められてしまえば、複数の従業員や元従業員から残業代の請求が相次ぐリスクもあります。
企業等としては、このような重大なリスクを避け、また、正当な労働に対する正当な対価を支払うためにも、タイムカード等によって労働時間の管理を徹底することを推奨します。
御社の従業員の労働時間の管理について、ご不安な点がございましたら、当事務所へご相談ください。

著者・弁護士 田代 隼一郎

最終更新日:2018/09/03